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文の多い小話店
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階段のした
 

  灰色 と


      染み込んだ  靴



 ほらあなに入る瞬間
 
                  眩暈



                     
 ここは、生まれてからいちども光は差さない場所なんだな、と思った。



 






 この前病院にいったら、貧血じゃなくて低血圧だと判明。
 上が80くらいで、下が65とかそんなんです。
 いやー、低いですね。
 冬になったら血管縮んで血圧上がるらしいです。
 冬場で本領発揮ですか。
 でも、代わりに肩が凝るんで困ります。


 しかしあの女医さん美人だったなあ。 

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献花

 「あどけなけない私の描く富士が、
 人々に勇気を与えたり、
 病気が治るような気持ちになったり、
 何か良いことにあいそうな豊かな心に恵まれたり、
 花の咲く富士山に遊びに行きたくなったり、
 雪降りしきる富士の我慢を知ったり、
 富士の絵で清められたり、できたらなあ、
 などと、乙女の祈りのような心で沢山描いています。」
 (片岡球子)

 
 わたしが作品を書く時に、決めていることがあります。
 読んだ人の心が広い空を見上げた時のようにせいせいした気持ちになったり、天気のいい日に外に駆け出したくなったり、心に澱んでいたものが鎮められていくような、そんな小説を書いていこう。
 それを守って、今も文章を綴っています。

 片岡球子の言葉を知った時、なんだか嬉しくって、
 ああ、わたしが書きたいのはこれなんだ、これでいいんだ、とぽろぽろと涙が出ました。

 
 わたしは堕ちるわけにはいきません。
 他の誰かを光のある方へ引き上げていかねばなりません。


 だから、さようなら。
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がむしゃら滑車
 
 クロールが得意です。

 平泳ぎは苦手です。

 足をばたつかせ、派手に飛沫をあげながら、必死に前に進むのが、私のスタンスです。

 水面に僅かな波紋を描き、器用に、静かに、澄ましたようには、とてもできません。

 がんばっているよ、と飛沫をあげることで沈みそうな自分を奮い立たせています。

 
 
 泣いてたまるか。

 ちくしょう。

 ちくしょう。




 >すすむ様
 大貫妙子、いいですね。
 最近になって知ったんですが、「メトロポリタン・ミュージアム」は同年代でかなりの方々が覚えていらっしゃるようです。
 みんなのうたの中でも、異彩を放っていたようですね。
 みんなのうたと言えば、「北風小僧の寒太郎」とか「赤鬼と青鬼のタンゴ」(タイトルうろ覚え)とかもよく覚えています。
 懐かしく、美しい時代です。
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タイムトラベルは、たのし
 
 あの頃、わたしはねこになろうと思っていた

 あの人が優しく撫でてくれるから

 わたしよりも高いところから

 太陽の手のひらをのばしてくれる

 あの頃はまだ小さな子どもだったのに

 わたしの中ではまだ、わたしよりも高いところで笑ってる気がする

 ふしぎだね

 


 思えば、夏空のような晴れやかな恋でした

 
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ひかりのなかで
 車の中で、久しぶりにサイモンとガーファンクルを聞いた。
 彼らの声は相変わらず砂糖菓子みたいで、心地よい休日の陽光に溶けていった。
 先日、何年かぶりに大阪までやってきたらしい。
 あんな歌を歌う人たちがまだ生きていると思うと、世の中まだ捨てたもんじゃないと思う。
 

 人の役に立ちたいと思って、いくつもやり方を考えた。
 その野望が固まりつつある。
 思い返せば、てっとり早く自己犠牲に走って、よく周りをあたふたさせていた(今もその性質は持続中)
 それは、思慮が浅くて無駄に図太い私がお得意の、体当たり的な手段だったわけである。
 しかしそれじゃよくないというので考えた。
 そのゴールが就職なら万々歳だったのだが、残念ながら違った。
 私の野望、それはしあわせな家族を作り、めいっぱいその家族をしあわせにしてやることである。こどもに「うちに生まれてよかった!」って言わせてやることである。
 
 「家族」というものに対する己の執着は異常である。
 それは反面教師から来ているものが、確かにある。
 けれど、その莫大な気持ちを昇華させてやると、とても清々しい気分になる。
 だから、私の未来を「家族」に捧げるのは、実に本望である。
 けれど、私は先に述べたように実に思慮に欠けた人間なので、まだ見ぬ家族のために今から野心的に、計画的に、入念に入念を重ね、準備をしていくつもりである。
 時間はまだ、あるのだ。



 庭の梅の木が毛虫くんにやられて全滅である。
 毛虫ってやつはおっかないくせに目だけはつぶらである。
 そんな可愛いおめめしたって君たちは殺虫剤でやられてしまうのだ!合掌。



>戌亥さま
 幸い、流行の荒波には乗らずに済みました(十二年前には乗ったけど!)
 この前までは、うどんも一本をゆっくりゆっくりかんで、胃を吃驚させないようにゆっくりゆっくり飲みこんで、の状態でした。
 それが今日は炊き込みご飯もぺろりと平らげましたよ。
 合宿にはなんとか間に合わせます。
 お酒はまだしばらく無理そうなのが、残念ですが。
 お気遣い頂き、ありがとうございました!
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長いはなし
 
  八月の終わりに一週間鳥取まで行ってきました。
 大阪に帰った次の日からなんだか体の調子がおかしいと思ったら、やはり風邪でした。
 
 その次の日に無理やり母親に病院まで連れていかれたら、今度は待合室で貧血になってぶっ倒れて、さんざん先生と看護師さんに迷惑かけました。
 血圧のあまりの低さに母親にびびられ、逆に私がびびりました。
 
 風邪は次の日には治ったんですが、とにかくごはんが食べられません。
 喉を通るものといったら、洗濯のりになる寸前のお粥と、アクエリと、薬の錠剤だけです。
 でも、それも食べた途端にもどしてしまうので、ここ数日でみるみるスリムになりました。
 十二年前の悪夢(全国を騒がした食中毒事件のアレ)が脳裏にかすみましたが、拾い食いをした覚えもないので原因不明のままでした。
 そんなことよりもせっかく入っていた面接の予約も断ることになってしまい、一体自分はこの時期に何をやってるんだと泣く泣くベッドに縫い付けられていました。
 
 次の日になって、僅かですが固形物を口にできるようになり、貧血もだいぶ治まりました。
 
 その次の日、なんとしてでもバイトに行かねばならなかったので久しぶりに重力に逆らって家を出ました。
 とにかく無理はせず安静に店番を。を掲げ、お客さんがいない隙を見計らってバックでアクエリをちびちび飲みながら椅子で休憩を繰り返し、いよいよふらふらになってきたのでやむなく早退。
 とにかく胃を揺らされるのが苦痛で、無駄に姿勢よく歩き、電車は瞑想で乗り切りました。
 途中カラスには笑われるし、下校中の小学生には逃げられる。
 自分ってなっさけないなあと思いながら、見上げる空は綺麗に晴れていて、なんだかどうでもよくなって笑ってしまいました。
 
 今日になってようやく大きな病院に行って検査を受けて、お薬をもらいました。
 固形物は喉を通るようになりましたが、油ものや肉魚全般はまだ食べられません。
 胃も痛いままです。
 それでも、なんとか元に戻りつつあるので、経過報告。

 そんな一週間でした。
 無駄に休みをとったんで、逆に清々しい気分です。
 つまりは、健康って素敵だね。
 という話です。



>チカさま
 そんな一週間を送っていた雪です。
 自分でも笑っています。
 そんなことは気にせず、約束の日を楽しみにしています。
 その日には全快しているはずなので。

 健康な体があって、
 心配してくれる人がいて、
 健康って大事だねって思える自分があることがしあわせですねえ。
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ガリレイ
 打算的に生きるのはなんだかロマンがないから、人生設計にあんまり興味がなかった。
 今ある食べ物をおいしいと感じられて、好きな音楽を心地よく感じられる自分でいられることが、何よりも大事だった。
 のらりくらりとその日暮らしに生きていれば、なんとなくうまい具合に事は運んでくれるものだった。
 大した苦労はしなくても試験は通るものだったし、毎日の食事に困るようなこともなく、なにか空虚なものがありながらも、生活に乏しいものはなかった。
 だから、地球が自分を中心に回っている気分だったわけである。
 

 それが、なんとも身勝手な考えであるという意識が芽生えてきた。
 地球が動いていることを知った。
 美空ひばりが人生は川の流れのようだと歌った。
 面倒なことに人はひとりではないのである。
 地球上の全員が揃ってみな孤独になろうとしたって、人間が複数いる時点で社会というものは勝手に出来上がっているのである。
 静かなようでいて、みな動いている。
 自分で動くと、うまくはいかないことばかりである。
 心の虚には飢えと、そして歓喜がやってくる。
 
 うん。 
 でも、わたしにはこっちの方が、いいや。

 
 主観的な己を大事にしすぎて、客観的な己を蔑にしてきたので、たまには客観的自己にも向き合ってやらなきゃな、と考える今日この頃です。
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東洋乞食
 
 二面性なんてものが人にはあるらしい。
 そいつによく惑わされて、足を踏み外しそうになる毎日だ。
 表と裏と、両方揃って私だなんてよく言うけれど、どっちの都合も汲み取っていれば、それは贅沢ってもんである。
 広い目でものを見るのが苦手だから、どちらをとるか、見誤る毎日だ。


 閉じこもったまんまじゃ余計に目が狭まるので、外に出るのがいい。
 青空の下で車が引っ切り無しに行き違う大きな道路に行くのがいい。
 どれだけ大声で歌おうと誰にも聞こえないから都合がいい。
 行って帰る頃には腹の内の鉛はすっかり昇華されて、さて何か書くか、なんて気分になる。


 ここ数日晴れていたので、ようやく気分を持ち直しました。
 高気圧くんのおかげで私のふとんもふかふかです。
 

 >チカさま
 よかったですね、あの制服。
 電話交換嬢がいた時代くらいを思い出させますね。
 古き良き昭和の香りがしました。
 とても楽しい時間を過ごさせていただきました。
 ありがとうございます。

 色を使ってみたのが初めてでしたので、どのような反応を頂くかちょっとどきどきでしたが、そう言っていただけるとほっとします。
 夏ってほんとに色が綺麗ですよね。
 
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夏を笑え
 

 ガラスの鉢に金魚たち

 給食のデザートに冷やしみかん

 見渡す限りのひまわり畑

 のじゅうたんを風がすべる

 ああ、今日もきれいにれたなあ 
 
 浴衣に着替えて夕涼み

 夕餉には茄子たっぷりのカレーを、どうぞ
 



 いのちの色たちが輝いて、燦々と世界を照らすんだよ





 >戌亥様
 こちらでははじめまして。
 いつも読んでくださってありがとうございます。
 こんな拙文にも頂けるお言葉は、本当に嬉しく思います。
 
 わたしお洗濯が大好きですから。
 朝目が覚めて空が晴れていたらにっこり笑ってお洗濯を干すんです。
 それだけで、しあわせだなあって思えるんです。
 
 梅雨が明けて、いよいよ熱さが増してきましたね。
 そちら様もどうぞお体ご自愛くださいませ。
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こんなにも空が恋しい
 
 自転車に乗って、坂道をのぼる
 
 遠くに見えるあおい山の稜線は柔らかで、周りにタイヤの音もない
 
 ゆくほどに道はせばまり、空は深まる
 
 私はこの空が恋しくて
 
 どこかで風鈴が鳴る小道を、のぼる

 
 昔はよく夢の中で空を飛んだ

 飛ぼうと思えばいつだって飛べた


 「空を飛ぼうなんて悲しい話をいつまで考えているのさ」

 
 夢で空を飛べるのは子どもの証だと、どこかの誰かが言っていた

 どれだけ地を蹴っても、空に近づくことはなく、いつの間にか私は大人になってしまった


 「ああ 人は 昔々 鳥だったのかもしれないね」

 
 そんな歌を思い出す

 だってこんなにも、空が愛しい

 



 

 洗濯物も、乾くし

 
 


 >匿名さま
 正体は存じております。たぶん。笑
 絶対見つけてみせます。
 楽しみにしてくださいね。
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